パブの歴史

1) パブのはじまり

パブのはじまりは、ローマ人がブリテン島を支配していた紀元前1世紀ころにさかのぼることができます。ローマ人は大陸と同じく、ブリテン島でも街をつくり、道路網を整備しました。それに付随して現在のイン(inn)の前身といえるような宿泊施設ができてきます。

この施設では、宿泊、食事、娯楽の3つの機能が提供されていました。最初のころのパブは、旅人のためのものでした。その後、ローマ人が去ると、ローマ人のつくった宿泊施設も衰退していきます。そのかわり宿泊の機能は修道院などが果たしていくことになります。

そして、13世紀になると、イギリス国内で人々の移動が活発化し、道路網がさらに整備されるようになります。それにともなって、ローマ支配のころから細々と残っていたインの前身が、建物の1階が酒場の宿屋、いわゆるインとして姿を変えて発達してきます。

宿泊施設を兼ねているパブがあるのは、ローマ人の文化の名残りともいえるのです。

2)エールハウス・タバーン

インが栄えてくるのと同じ頃に、エールハウス(ale house)が登場してきます。エールハウスはビールを飲める飲み屋のこと。ここでもインのように宿泊することができました。インとの明確な違いはありません。

このエールハウスの名前は11世紀頃からあらわれてきます。例えば、シェイクスピアの『ヘンリー5世』などにも出てきます。現代英語ではエールハウスという言葉は、パブの古い言い方ということになっています。このことは、現在インもエールハウスもパブの店名に使われていることからもわかります。この他にインやエールハウスと並んで古くから存在したものに、タバーン(tavern)があります。

ちなみに3つの中でタバーンは最も遅く登場しましています。現代英語のタバーンは直訳すると「酒場」といったところでしょうか。しかし、タバーンは本来、食事をする場所を意味していました。食事を提供することが目的ですが、食事ができれば、当然のようにお酒も飲むことになります。こうしてタバーンとイン、エールハウスの境界は限りなく不明確なものになっていきました。タバーンという言葉もまた現在ではパブの店名として使われています。

イン、エールハウス、タバーンの3つは、大雑把に言って、本来はそれぞれ宿泊施設・酒場・食堂を意味していました。機能の上でそれぞれ似通った側面をもちながら、何を第1の目的としてつくられたかという点で、微妙に違っているわけです。これらの施設がパブリックハウス(パブ)へと変わっていきます。

3)パブリックハウス

パブは元来パブリックハウス(public house)の略称でした。文字通り「公共の家」という意味です。イン、エールハウス、タバーンが、単純にパブリックハウスに変わっていったのではなく、18世紀に登場したコーヒーハウスなどの要素が加わります。

コーヒーハウスは、これもその名のとおりコーヒーを飲む喫茶店でした。その名前からも想像できるように、コーヒーハウスではお酒は出しませんでした。今では少し考えにくいことですが、このころロンドンではブルジョワたちの間でコーヒーが流行していました。コーヒーハウスはコーヒーを飲みながら政治談義や商談に花を咲かせるブルジョワのサロンとしての性格をもっていたのです。

人々の集まるコーヒーハウスでは、その地域のさまざまな出来事を取り仕切るといったことも行なっていました。仕事を斡旋したり、争い事を仲裁する場所となっていきました。いわば地域の寄り合いや公民館のような場所です。それだけにとどまらず、ブルジョワが集まったところでしたから、商人たちのための施設でもありました。

例えば、政府の圧力のかかった新聞などでは知り得ない情報が集まる場所でもあり、遠隔地貿易の隆盛によって、損害保険が始められた場所でもありました。さらに重要な特徴は、情報の集まる場所であったことから、いわば公的世論を形成する場所になっていったことです。王や政府に反対するブルジョワたちの集まる良からぬ場所としてコーヒーハウスの閉鎖令が出たほどで、そこで話されていたことの影響力の強さがうかがえます。このあたりにパブの公共性の源流を求めることができるでしょう。

しかしながらコーヒーの流行が終わってしまうと、コーヒーハウスはタバーンなどのいわゆるパブへと店の質を変えていきます。 もともとは宿泊施設、酒場、食堂であったものが、公共の場所としての性格を加えながら、「パブ」となっていきました。

現在では単にお酒を飲むだけではなく、友人と政治やスポーツの話を語り合ったり、ひとりでゆっくりと飲んだりする場所です。パブは誰にとっても思い思いに過ごすことのできる心地のよい空間となっているのです。

    参考文献
  • 小林章夫『パブ 大英帝国の社交場』
    (講談社現代新書1118)講談社、1992年
  • 臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』
    (中公新書 1095)中央公論社、1992

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